2022-09-01から1ヶ月間の記事一覧
1976年「大会屈指の好投手」と府高野連の理事らが注目するのが柏原の山田だ。去年は四球を連発、自滅したが、フリーバッティングの投手もつとめ、ひたすら投げ込みをはかり、制球力もついた。178㌢の上背から低めへ、ずばり速球を決める。落差の大きいカーブ…
1956年やわらかいドロップをまじえ相手を凡打にさそいシュートで打者を苦しめ、巧みなチェンジ・オブ・ペースで大昭和の強打をはばんだ。根来の好投をあげねばなるまい。1957年根来は身体の調子もすっかり出来あがっており、シュートとスライドにかなりの威…
1975年優勝候補の一角。エース片岡が安定してきた。速球が主体、縦のカーブも威力があり、県下でも一、二位の好投手。
1957年弘瀬は四回無死、大下、中西に連安打され、関口がバントでこれを二、三進させたときが最大のピンチであったが田中、仰木に得点打を許さなかった。数回のオープン戦出場で試合度胸もつき、ムキになることもなくスライダーと落ちる球を有効に使って完投…
1957年江崎、根来は二度目の登板で、初めに比べかなり自信をつけていた。長身の江崎は速球に伸びがあり、カーブ、ドロップにも威力をみせたが、走者が出ると制球を欠くきらいがあった。根来は二回、葛城に本塁打されたが、シュートがさえ、このシュートを武…
1969年エースの山本は176㌢、75㌔、右のスリークォーターから外角への速球を武器にしている。球威はさほどないが、プレートを一球ごろに踏みかえる丁寧な投球とコントロールのよさで補っている。しかも強みは走者を置くと投球がさえてくる勝負強さで、167イ…
フォーム…下手投げ 球種・・・スライダー、シュート1973年エース青木が山商から三振11を奪って勝った。山商七回一死代打に出た山口選手は空振りの三球三振。最終回に再び打席に立ち、こんどは右翼線にみごとな二塁打。この後、果敢に三盗。「三振した球はス…
1975年松本隆春(横浜商大高・右投げ)は、今大会屈指の本格派投手として注目のピッチャー。内外角低めをつく速球、カーブは威力がある。
1975年藤沢商は切っての本格派土手本の存在が心強い。真っ向から投げおろす速球を前面に、カーブ、シュートを配す力のピッチングが身上。土手本勝次(藤沢商・右投げ)も一㍍八三、八十㌔の体から繰り出す速球を武器とする投手。
1963年守っても高尾が百七十八㌢の長身から繰り出す豪速球にカーブをまぜた配球は県下の高校に二点以上を与えたことがない。
1988年左腕のエース芦刈は、直球に威力があり、カーブも武器。低目をつけば容易に打たれない。今年二月に左手にけがを負ったが、復調が期待されている。
1957年捕手から転向した野上が柔軟なフォームでかなりの速球を投げ込んでいる。野上(岡山東商)がマスクを捨てて捕手に転向した。速いことは速いが、投手経験が零というから、しばらく二軍で試合になれる必要があろう。打たれた野上は捕手から投手に転向し…
1956年エース坂口は県下随一の評があり、五尺八寸、二十貫の巨体から投げ下す剛速球とドロップは相手に乗ずるスキを与えない。
1977年沢幡投手はオーバースローの速球派で、1試合三振奪取平均10個以上。主戦の沢幡は右の本格派で、県内でもA級。速球と鋭く曲がるカーブが武器で、スタミナもあり、打ち崩すのは容易ではない。ただ投球が単調になり連打されるのが心配だ。
1981年森岡は県下屈指の好投手。左上手からの速球、落差のあるカーブは威力十分。
1951年春のこの地区リーグ戦の優勝戦、五尺九寸左投げの主戦阿部は大きく割れるドロップとシュートに時折まぜるナックルで春以来順調なコースを進んでいる。連投の場合、二回目の方が調子がよいという頼もしい体力で、どの試合にも三振十本以上を奪っている。
1964年津野投手は、三年前、チーム結成以来のエース。伸びのある速球とシュートが得意。
1954年投手力だが、伸びのある速球にカーブをまじえて打者に勝負をいどむ橋本は何といっても県下のA級。堂々たる本格派投手で優勝チームのエースとして貫禄十分。ただ試合度胸がありすぎるだけに、ムキになって好球を投げ込むと強豪ぞろいの北関東ではうまく…
1970年エース青木は速球を武器に、シュート、カーブをおりまぜ、打者に真正面から勝負をいどむ本格派。打ってもチームで一番信頼されている。チームの中心的存在。
1962年エース若林(左)もシュートのきれがよくなり、市川(右)のリリーフぶりも板についた。
1971年県下一の豪球投手根建が威力を増している。181㌢の長身。投げおろす速球は重い。春の県大会では桐蔭にカーブをねらい打たれたが、六月の市内大会では完封でお返し。シュートをうまく使うようになった。
1953年末松投手はアウトカーブとシュートが武器。1954年末松投手は昨年からマウンドを守り、今年は一段とスピードを増した。自責点2点以上を与えたことはなく、県南屈指の速球投手。
1962年上手投げで速球を得意とするリリーフの周防と投手陣はバラエティーに富んでいる。周防は低目のシュートがいいが荒れやすい。1963年周防投手は178㌢の長身から投げおろす速球が身上で、制球もよくなった。県内では五指にはいる優秀選手と見られる。富岡…
1962年速球が生命の吉田は、低目にタマがきまっている間は打たれない。試合の後半、打者が球になれるにつれて打ち込まれやすくなる。この欠点をなくそうと、変化球を練習中だ。「武器になるようなカーブでも覚えれば強くなります」と、高本健一部長はいう。
1958年六回からは代った大上投手の速球とカーブに抑えられた。
1955年鳥栖の勝因は一にも二にも井上の好投でカーブにまだ鋭さはないが、重い直球、シュートを内外角に投げわけ、春よりも一段と進境をみせた。
1961年豊橋商は二回以後、享栄商岩瀬の速球とカーブにおさえられ、五回敵失による1点を加えたにとどまり、十三の三振を喫した。
1969年似鳥投手は重い直球にカーブをとりまぜて大湊打線をわずか二安打に押えたが、打線が振るわなかったのが痛かった。
1955年久保投手は五尺八寸の長身。アウトカーブが主な武器に、低目のコーナーをねらう直球を配して、主戦投手の重任を果たしている。難をいえば時にコントロールを失うことだ。中村コーチも「大会まで制球力の回復に全力を尽す」といっている。久保投手のシ…
1960年吉山は下手からの速球、カーブ、鋭いシュートを持ち、左の小野は恵まれた体格から速球と落差の大きいドロップを武器としている。