2025-02-01から1ヶ月間の記事一覧
1979年福島のミットをたたく剛速球がときおり乾いた音をたてた。新しくおぼえた球。周囲から「おやっ」と声があがる。この日、プロ入り初めてシュートを投げた。スピードガンで126㌔をマーク、現在、新浦と並ぶ剛速球とカーブが持ち球。この二種類で昨年はイ…
1978年中日は一日午後三時、名古屋・栄の中日ビル内、クラブ倒壊で日体大・中田宗男投手(21)=178㌢、73㌔、右投げ右打ち、ドラフト外=の入団を発表した。今年度の入団第一号で、契約金二千万円、年棒二百四十万円(いずれも推定)同投手は右の本格派で、…
1964年巨人に敗れたとはいえ、平野克は新人らしくキビキビとしたプレートさばきで「今シーズンのローテーションにいれるメドがついた」と別所コーチを喜ばせた。初回いきなり王に2ランをかまされながらも、おめずくせず長島と勝負した。川上監督も「初めて見…
1972年青木と鵜沢。二年生投手同士の投げ合いは鵜沢に軍配が上がった。立ち上がりは青木の方がよかった。低めにカーブ、スライダーを集め打たせてとるピッチング。青木は打者一巡までが限度かもしれない。先のオープン第一戦、近鉄を相手に先発したときも、…
1980年鋭いカーブは即戦力といわれる高校BIG3の一角。当初の「西武以外はノンプロ」から「よく話し合いたい」と態度を軟化。
1982年野口は左腕。立大の四年間で27勝をかせいだ。二年春の96奪三振は、戦後の六大学記録として残っている。球威があり、カーブ、フォークボールの切れもすばらしい。ヒジを痛めて、大学時代の後半は振るわなかったが、根本管理部長は「スカウトが集めた情…
1982年社会人ナンバーワン右腕の関根がとれたのは大ヒット。日産自動車が「今年は出さない」とプロ入りを拒否したため、各球団が指名を敬遠。そのスキをついて2位指名し、粘り強い交渉でついに入団させた。関根は千葉工高時代に19奪三振、ノーヒット・ノーラ…
1980年井出は176㌢、71㌔の本格派左腕。いすゞ自動車では五十三年からエースとなり、三年連続して都市対抗の補強選手に選ばれた。公式戦の通算成績は、52試合に登板、210イニング1/3を投げて15勝10敗。奪三振126、防御率2.1。日本鋼管時代の木田と三度投げ合…
1975年猛打大洋を、ルーキーの長谷川がコロリとひねり倒した。カーブとスライダーを速球に織り込み、がむしゃらに振ってくる大洋のサムライたちを、ていねいなコーナーワークでかわすピッチングだ。二回、三ゴロ失で無死の走者を出し、一死一、二塁のピンチ…
1977年運命の日、街には「巨人優勝、長島監督の胴上げです」アナウンサーの絶叫があふれていた。昨年十月十六日、義父・服部繁さんは、このとき七十四歳の生涯を閉じた。大のお気に入りだった息子に「野球をやめて、茶道を継いでくれ」と短い遺言を残して。…
1969年サッポロビール本社庶務課員で社歴二年。白いパリッとしたワイシャツ姿で机上にひろげた書類にエンピツを走らせていた。四階の庶務課にいるときの牧投手は感じのいいビジネスマンである。昨年春、サッポロビール野球部の先輩の紹介で入社したが、毎日…
1959年広島はのびのび投げ続けた。八回まで与えた安打はわずかに5本で五回の1点も大津の遊ゴロがイレギュラーしたためだった。ところが最終回、藤本に2点本塁打を浴びて1点差に迫られた。たまりかねた杉下監督はマウンドに歩みよって伊奈の継投かと思われた…
1975年 初先発。だが首脳陣の期待にいま一つ添えず予定の3回と持たず降板した。大洋時代からバッティングピッチャーで他球団と試合をするのはこれが初めてとあってチーム一の大男もアガりっ放し。なんとか失点は1に食い止めたが、まだ使いものになるかどう…
1991年指名順位にはこだわっていません。テレビ中継も終わったのでもう(指名は)あきらめていたのです。指名されたことはすごくうれしい。喜んで中日に行きます。中日は打線がいいので投手には安心感があります。自分の球種はまっすぐ、カーブ、スライダー…
1991年井手元投手は、午後三時半から四日市工高の会議室で葛山博次校長らが同席して記者会見。「地元であり、自分の好きなチーム。監督、両親と相談して決めたい」と語った。井手元投手は左投げの本格派。140㌔前後の直球とカーブ、スライダーを武器に今夏、…
1964年市西宮高の谷哲男投手(17)は三十日、名古屋の中日ドラゴンズ球団事務所で同球団と契約した。同投手は183㌢、73㌔、右投げ、右打ちの本格的な速球投手。昨年春、夏、今春と計三度甲子園へ出場し、エースとして活躍した今春の選抜でのピッチングがとく…
1964年 阪神タイガースはこのほど関西ノンプロ球界屈指の好投手、日本新薬の土橋修投手(20)=1㍍78、68㌔、右投げ、右打ち、和歌山県粉河高出=を獲得した。同投手はオーバーハンドの本格派速球投手で、今春の選抜都市対抗に活躍してチーム優勝に貢献来季…
1961年阪急ブレーブスは二十七日午後一時三十分、大阪市北区角田町、航空ビル五階の球団事務所でつぎの新入団選手を発表した。大森秀男捕手(18)中京商業卒、右投げ右打ち、身長1・75㍍、体重73㌔。同捕手はさきに中日入りした山中投手とバッテリーを組み、…
1964年橋本孝投手は下関商では制球力を欠いたが、浪商戦ではすっかり安定したところをみせ、シュート、速球を主に浪商を5安打無四球に完封した。博多工橋本孝は竹井を上回るできで、完ぺきに近かった。シュートでカウントを取り、外角への鋭い速球を勝負ダマ…
1992年今大会ナンバーワン左腕の呼び声が高い。昨夏の甲子園では無念の初戦敗退だったが、その悔しさをバネにいちだんと成長。MAX144㌔の直球、大きくタテに割れるカーブのほか、フォークが新しく加わり、奪三振ショーを見せてくれることになりそう。1993年…
1964年立ち上がり小川に打たれた谷が、その後、得意のドロップとシュートをうまくまぜて投げ分けたのは、リードした西宮に逃げきれる自信をもたせた。市立西宮の谷投手は得意のドロップの切れがいつになく悪く、直球もうわずっていた。立ち上がり直球がきま…