野口勝治

1964年

「三回でも四回でもいいから、救援でもピシャリと押え込める投手がほしい」というのが杉浦監督の考え。巨人の宮田は今シーズン救援専門で大活躍したが、杉浦監督は宮田のようなタイプの投手を頭に描いているのだろう。救援投手の条件は①制球力が豊かなこと②度胸がいいこと、の二点だ。この条件を考えて適任者と白羽の矢が立てられたのが二年生の野口。野口は作新学院からノンプロ明電舎(三年生)を経て、昨年秋入団した新鋭。高校時代は捕手、中堅手、そして三年生のとき肩がいいのを認められて投手になった。投手としてはまだ五年目。両親は日本橋で衣料商を営んでいるが、ひとりっ子ということで両親は野球をやることに大反対。「それでも野球をやるというなら勘当にする」とまでいわれたという。しかし野口は反対を押し切り好きな野球の道を選んだ。「いまではもう仕方ないと許してくれましたが、反対を押し切ってまで自分んで選んだ野球だから、なんとか一人前にならなければ、申しわけないし、僕自身も今後大きな顔ができない」といっているがこのあたり野口の意思の強さと勝ち気な性格があわられている。野口は、度胸がいい点では定評がある。「マウンドに上がって、あがったという記憶は、いままでにはない。もっともまだ若いから、こわいもの知らずなのでしょうね」とケロリといってのける。コントロールは投手陣でもいい方だ。しかしフォームがなめらかすぎるために、打者に威圧感を与えない。それにいままでのフォームはスピードもこれ以上には出ない。こうしたふたつの点から、杉浦監督は投げ方を変えさせた。新しいフォームは、バックスイングのとき、腰を右へ思い切ってひねり、その反動を利用して投げ込む。腰をひねったときは、背中が打者にまる見えになる。投げ方は上手、下手と違うが、クルリと一度背中をみせて投げる西鉄の若生とだいたい同じフォームだ。投げ始めてから一週間だが、野口は「スピードが前よりも出てきたような気がするし、変化球の切れもよくなったような感じだ」と新しいフォームに満足の表情。「新しいフォームのシャドー・ピッチングを毎日くりかえして、このオフのうちになんとか自分のものにしたい」とヒトミを輝かせて語った。正月まで名古屋にとどまってトレーニングを続けるという。