1961年
中日ドラゴンズでは、七日午後四時、立教福田信夫投手(19)=神戸市兵庫区湊川町10の158=の入団を発表した。同選手は、立教二年で中退、中日入りを決めたもので、めぐまれたからだと左腕からの速球には威力をもっており、各球団からのさそいの手がはげしかった。この日、同球団事務所で父親の将雄さん=神戸港湾職安所長=と母親さかえさんの両親につきそわれドラゴンズ入りの動機について「秋のリーグ戦前からプロ入りのことは考えていた。巨人の川上監督から熱心にさそわれて、まよったが中日高田代表や家族にしたくしている人から熱心なかん誘があり、自分は投手としての素質をのばすにはドラゴンズがもっとも適していると思い入団を決意した。村瀬投手(巨人)に負けないようがん張ります」と語った。育英高出身、身長1㍍77、体重75㌔、左投げ左打ち。